
速読術を研究すると際限のない疑問が湧いてきます。代表的なものでは速読で本の内容が記憶できるのかどうか?などでしょう。
目的を見失うと逆効果になる速読術
速読術をマスターしたい動機のひとつが生産性の向上でしょう。生産性は結果を多くだすかより優れた結果を出す必要に迫られていることも多いようです。
そのためには大量の資料に当たる必要があるというせかされた気分に陥ることも多いのでしょう。そういう資料を次々とこなしてゆけば結果が早くでそうな気もします。かなり気のせいのようでもあります。
速読術は速読するスピードをどんどん上げてゆき繰り返し何回もその本を読むことに秘密がありそうです。一度よりも二度のほうが本の理解が進むのは従来の読書術と同じことですがこれをハイスピードでこなすわけなので理解しているのかすらわかりません。
そこで本当に速読の効果があるのががわからなくなってしまうこともよくある話。
速読は読むことではなく眺めることなの?
おそらく速読は本を読むよりも文字の位置が本のどの部分にあるのかを感触で掴むことなのでしょう。必要なところは本の内のほんの少し・・・そういう意味から速読を開始する前にその本からどんな情報が得たいのかを設定しておかなければならないようです。
知りたい事柄がわからないのならあまり速読しても効果がないのかもしれません。効果って成果ですね。だから成果を出すために必要な情報が絞り込まれていなければなりません。
つまりその本のどのあたりにあるのかあたりをつけておくわけです。この感覚が速読術になじめない典型的なパターンなのかもしれません。それに何回も速読するといっても何回ぐらいが妥当なのかもわかりませんね。無限に繰り返して読むわけにもいかないわけですから限度というものがありそうです。
真面目に速読術をマスターしようとすれば繰り返しの数が気になってくるようです。適当でいいと思うのですが・・・もともと必要な情報がその本にあるかないかを判断することとあるとしたらどこにあるかを見つけ出してそこに付箋を貼って置いて参照すればいいだけですね。
それに小説などを速読すると興味がなくなってきます。こういう一文一文を楽しみたい読書術としては速読術は向いていないようです。
いかがでしたか?速読術を上手に活用するためには必要な情報をリストアップすることから始めることが大切なようです。
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