
どういうシチュエーションで365日お誕生日占いを使うかにもよりますが基本的には楽しいものでしょう。たのしめる数が365もあるのはなんといっても魅力的ではありそうです。今日の運勢も365日ありますが同じように楽しめる占いではありそうです。
365日占いが裏目に出るパターン
毎日のスパイスとして楽しんで使うことはもともとの365日お誕生日占いの考え方なのかもしれません。運勢ですし・・・今日の運勢ならほとんど娯楽という世界なのでしょう。といっても実用性もありますのでそのあたりは微妙なところでしょう。でも占いですからね。絶対はありません。というよりも科学でも哲学でもどんなジャンルでも絶対はないんです。神ではない人間のやることですし・・・
占いで決断したい!と思うのなら論理的にロジカルに攻めていってもなにも結論が出ないときなのかもしれません。だからといってコイントスは嫌いですよね。西部劇ではコイントスの場面が見られたらしいというエッセイを読むと狩猟民族と農耕民族の違いが際立っているのもこの運に対する見方考え方なのでしょう。たとえばふたつの道があってそのどちらの道を進めばいいのか?などの疑問はわりとコイントスで決めるパターンらしいんです。どんなに考えても選択の基準がないわけですから偶然性に賭けるのも自然な流れなのかもしれません。もしかして選択した方向には獲物があるのかもしれません。だからそれぞれの道を選んで別れてゆくふたりがお互いにグッドラックという言葉を投げかけるのでしょう。でも運が良ければいいね!というのは本当の気持ちなのかもしれません。
気象異変天変地異の2017
数十年に一度とか数百年に一度などといわれる気象異変はショッキングなものですが1000年に一度というとなんとなく・・・微妙なところがあります。そういう時代には美少女が必要だということなのかもしれません。でも美少女といっても人間なので神とは違います。年齢によって劣化が進んだなどと揶揄される存在でもあるわけです。神は年をとりませんし休みません。もしもアポロ神がお休みをとればとんでもない事態が引き起こされてくるからなのでしょうか。とはいえ農耕民族の日本人は偶然を好まないという解説があったりもします。農業にはタネを蒔く時期と育てるためにやるべき事の時期や収穫の時期などサイクルがあります。そのサイクルが突然乱されるのは偶然性なのでしょう。つまり作物が育たない気象災害のような感じですね。
とはいえ生真面目だけでも毎日の農業は疲れがたまってしまいます。蓄積疲労は心に負担を与えるので今日も1日元気をもらいたいというときに365日の運勢でそのヒントが得られればいいね!というところなのでしょう。ですが悩みが深いときはこういう軽めのライトテイスト占いは禁物ですね。悩みを割り切れるタイプって天然なのか馬鹿なのか芯にきついところのある性格なのか・・・悩みはなかなか割り切れないもののようです。それを今日一日だけの視点にしてしまうのが今日の運勢占いのようなものなのかもしれません。長期的な視点がないわけですし・・・そんな危険性をわかっていてもどうしても今日の元気が欲しいのなら一日限りの占いも役にたつのかもしれませんね。
いかがでしたか?偶然性で物事を決めるためには納得できる裏付けが必要です。その納得できる裏付けがないわけです。それでもすべて自分で決めたこと!という覚悟が必要なのでしょう。
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